<声明> ユネスコ「世界の記憶」申請への不当な扱いについて
通州事件アーカイブズ設立基金
(1)この声明の目的
「通州事件アーカイブズ設立基金」は、本年5月に通州事件の調査研究と知識の普及を目的として結成された日本のNGOである。当会は、5月末、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」事業に、あるテーマについて登録申請した。そのテーマは、1937年に起こった日本人大虐殺事件である通州事件と、第二次世界大戦後起こった120万人のチベット人大虐殺事件とを合わせて、「20世紀中国大陸における政治暴力の記憶: チベット、日本」という統一テーマにしたものである。「世界の記憶」事業では、各国別のテーマの申請と、複数の国にまたがる共同申請との二つのカテゴリーがある。今回の申請は、チベットの民間人(個人)と当会が協力してなされた共同申請であった。
ところが、ユネスコの事務局は、以下に述べる通りの不当な処遇をし、当方の申し立てを一切無視し、手続きの段階でこの申請を審査対象から排除する態度を示している。そこで、私たちは、今回の申請がユネスコによってどのように扱われ、そこにどのような問題点があるかを明らかにし、事情を内外に訴えて事態の転換を図ろうとするものである。
(2)ユネスコ申請問題の経過
まず、当会の共同申請について、経過の概略を説明する。
①5月31日、当会と、インド在住のチベット人(個人)との共同申請書類をメールと小包郵便でパリのユネスコ本部宛に送付した。「世界の記憶」に供する記録資料は合計27点で、うち通州事件関係が18点、チベット関係が9点であった。
②当会は、確認のため、資料が到着したらその旨お知らせ願いたいとの趣旨をメールでユネスコ事務局宛に送信していたが、約2ヶ月間、何のレスポンスもなかった。
③7月24日、ユネスコは日本の政府機関である「日本ユネスコ国内委員会」あてにメールを発した。その趣旨は、当会などの申請は共同申請の区分にはあてはまらず、「戦争の廃止」と題する他の1件とともに、日本枠の申請とみなすというものであった。その結果、ユネスコの「世界の記憶」事業への1国の推薦枠は2件までであるところ、日本政府推薦の2件(杉原千畝、上野三碑)を含め合計4件の申請が日本から出されていることになる。そこで、その中から日本政府として改めて推薦する2件を選び、7月28日を期限として返信せよ、というものであった。
④当方の申請が共同申請に当たらないとされた理由は、チベット関係の資料がすべて日本の機関が所有するものとなっている、というものであった。
⑤ユネスコからのメールは、7月24日に着信するとすぐに、日本ユネスコ国内委員会事務局から当会に転送され、同時に当方の見解を求められた。そこで、当会は自らの見解を述べるメール(別紙資料1)を担当者に送り、この処遇が不当なものであることを、日本ユネスコ国内委員会からも発信することを要望した。これについて、幾度かやりとりがあり、最終的には、当方から直接ユネスコと交渉するようにとのことであった。
⑥そこで、当会は、7月28日付けでユネスコ宛てにメール(別紙資料2)を送信した。その趣旨は次のようなものであった。
(1)チベットの記録が「すべて日本の機関の所有にかかるものである」としているのは、根本的な誤解である。(2)申請手続きに関する時間的な経過から見て、ユネスコの扱いは公正ではない。(3)今後申請を維持するためには、中国国内の「チベット自治区」以外にチベットに言及した言葉は削除せよ、との要求は申請者を不当に扱う侮辱であり、極めて不適切である。(4)私たちの申請は受理されるべきであり、そののち追加資料などは双方のやりとりで仕上げていくことができる。
このメールは、日本ユネスコ国内委員会にもCCで転送した。
⑦日本ユネスコ国内委員会は、7月29日、ユネスコに回答した。その骨子は2点で、(1)単独推薦の2件については、公募して決定した2件を引き続き推薦する、(2)それ以外の件については、「申請者と十分に連絡を取り合っていただくとともに、かかる申請を適切かつ公平に扱っていただきたい」というものであった。
⑧その後も今日にに至るまで、ユネスコから当会へは何のレスポンスもない。そこで、今回の公表に至ったものである。
(3)チベットに関する不当な扱い
ユネスコ本部の私たちの申請に対する処遇の問題点は二つある。一つは、チベットに関する不当な扱いであり、もう一つは、この申請の手続きに関わる理不尽で不公正な扱いである。まず、チベット関連の問題から論ずる。
今回のユネスコの処遇は、中華人民共和国政府によるチベット人120万人虐殺という、人類史に負の遺産として記録すべき歴史的悲劇を、「世界の記憶」として登録することを執拗に拒否しようとするものである。ユネスコの登録申請拒否の理由については、次の2点を強く批判し抗議する。
(1)チベット側の提出資料について、その所有者として日本の機関のみが挙げられていることを理由にして、今回の申請を日本とチベットの共同申請とはみなせないと断定している。しかし、このユネスコの理解には甚だしい事実誤認が含まれる。
本申請は、チベット亡命政府前議員および日本の民間組織「通州事件アーカイブス設立基金」による共同申請であり、ともに中国における他民族虐殺の残虐行為を一次資料の記録によって「世界の記憶」とするためのものである。チベット関連資料9点の中には、チベット亡命政府の公式見解、並びに、アマ・アデ氏の証言、パルデン・ギャツォ僧侶の証言、チベット亡命政府の公式見解など、すべてチベット人亡命者の証言もしくは亡命政府が発表したものであり、国際的にも各国で翻訳、出版され、またインターネット上で公開されている。さらに、チベット側の提出資料には、国連によるチベット問題の決議文が入っている。ユネスコは国連の決議まで、その所在に疑問を呈するつもりなのか。
なお、必要書類の追加提出などは、申請者とユネスコのやりとりで解決できるものである。
(2)現在中華人民共和国政府が「チベット自治区」とみなしている地域以外に、チベットへの言及は削除して提出せよというユネスコの姿勢は、申請者の立場を根本的に否定するものであり、ユネスコが属している国連決議や国際法律家委員会の決議を否定するものでもある。それは歴史を無視するばかりか、現在進行中の人権侵害を看過することにもなる。
「チベット自治区」について言えば、チベット側の認識においては、本来のチベットは、「ウ・ツァン」「カム」「アムド」の3地域により構成されており、現在のチベット自治区はその約3分の1に過ぎない。かってのチベット国は、今中国政府により、青海省、雲南省、甘粛省、四川省などに編入されている。チベット亡命政府が、中国のチベット侵略後、120万人の生命が弾圧と飢餓などにより犠牲となったと発表しているのは、本来のチベットの全体で起こったことを指すものであり、これは国際法律家委員会(ICJ)も認めていることである。国連は中国のチベット侵略とそれに伴う虐殺や人権弾圧に対し、1959年(国連総会決議1353)、1961年(同1723)、1965年(同2079)の3回の総会決議を行い中華人民共和国政府に抗議している。この場合にも、人権弾圧を中国のチベット自治区のみに限定するなどという判断は下されていない。ユネスコは国連の機関として、国際基準にのっとった判断を行うべきである。
(4)申請手続きに関する不公正な扱い
第一に指摘しなければならないのは、申請者側に何のコンタクトも取ることなく、ユネスコがこの申請は共同申請には当たらないと一方的に断定し、申請のカテゴリーを共同申請から日本割り当て分に移動させたことである。ところが、日本政府はすでに昨年9月に2件の申請を決めており、これを覆すはずはないことは誰の目にも明らかなのだから、ユネスコ本部のやり方は申請のカテゴリーを移動させることで私たちの申請を門前払いすることを企図したものであると言わざるを得ない。しかも、その最終決定は日本政府が行ったかのような外観をとって自らの責任を回避しようとさえしている。これは、極度に不公正な扱いである。
第二に、もし、書類にユネスコの言う通りの不備があるとしたら、日本政府に伝えるだけでなく、何よりもまず私たち申請者に連絡し、必要な指示を行えばよいことである。それを全く行わず、ただの一度も返信をしないユネスコの態度はいかなる理由に基づくのか、誠に不可解である。
第三に、その扱いの不公正さは、時間的なスパンについても顕著である。すなわち、申請から2ヶ月間も放置しながら、7月24日になって突如として日本ユネスコ国内委員会に通告し、わずか4日後までに回答を求めるという非常識な運営がなされたことである。このことも大いに問題にしなければならない。
(5)内外の関係者への訴え
①ユネスコは、私たちの申請に対する不当で不公正な扱いをやめ、直ちに正当な道に路線変更して扱っていただきたい。
②文科省が管轄する日本ユネスコ国内委員会は、すでにエールで公正な審査を求める意向を表明した。引き続き、この方向でご支援をお願いしたい。その際、ユネスコの登録・審査手続きについて、申請者のアピールを届ける機関が存在しないことが制度上の問題点でもあるので、この点の制度改革に取り組んでいただきたい。
③ユネスコ大使を派遣している外務省には、外務省ルートを通じて今回の件を調査し、改善を強く要求していただきたい。
④国会には、この問題を議題にのせ、国会審議をしていただきたい。
⑤日本政府はこの問題を責任をもって調査し、結果を報告していただきたい。そして、不当・不適切な点があれば、ユネスコに対する日本の分担金を打ち切るか、見直すことを検討していただきたい。
⑥チベットの人権問題に心を痛めている世界中の人々に、今回の件について理解をもち、それぞれの立場で態度を表明していただきたい。 (以上)